10« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»12

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カテゴリ: スポンサー広告

tb: --    cm: --

僕らはそれを“心”と呼んでみたりする 

例えば、悪い奴と呼ばれるような人でも、

嫌な人で゜あったとしても、

心全てが“ねじくれ曲がっている”訳ではなのでしょう。

そんな人にも、

心の襞に、優しさに似たほんのりとした物が

悲しみの果てに こぼれ落とした美しい涙が

どこかに必ず、あったりするはずですよね。



僕らは、それを心と呼んでみたり、

ハートと言ってみたりしているのです。


それは、残念ながら、僕が学んだ解剖学には存在しない臓器でもあります。

脳の中の視床下部でも下垂体でもなく、

ましてや心臓でもないのです。

どんなに精密なパソコンや携帯を造れたとしても、

だれ一人として“心だけ”は創れないのです。

オウムという言葉の向こうに、

“心だけを”という響きを重ねてみたなら、

交わる事のない悲しみも、少し和らぐのかもしれません。

そんな真理を胸に抱きしめていたら、

殆どの事が許しきれたり、流せたりもするのではないのでしょうか?

カテゴリ: 未分類

tb: 0   cm: 0

« 多裂筋  |  唇をかみしめて »

この記事に対するコメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yogahari.blog117.fc2.com/tb.php/27-bf11fbd6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。